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東京地方裁判所 平成5年(ワ)21365号 判決

甲・乙事件原告(以下、単に「原告」という) 鮒子田照子

右訴訟代理人弁護士 中村譲

同 関戸勉

甲事件被告(以下、単に「被告」という) 東洋信託銀行株式会社

右代表者代表取締役 武内伸允

右訴訟代理人弁護士 河村卓哉

乙事件被告(以下、単に「被告」という) 株式会社だいこう証券ビジネス(旧商号 大阪証券代行株式会社)

右代表者代表取締役 友近陽一郎

右訴訟代理人弁護士 木村眞一

同 菊井維正

主文

一  原告の被告両名に対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

1  被告東洋信託銀行株式会社(以下「被告銀行」という)は、原告に対し、二〇八万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成五年一二月一五日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告株式会社だいこう証券ビジネス(以下「被告だいこう証券」という)と、原告に対し、

(1)  別紙株券目録記載の株券(以下「本件株券」という)を引き渡せ。

(2)  右の引渡が不能のときは、二〇八万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成六年四月一九日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告は、その所有する本件株券を何者かに窃取されたので、被告らに対して公示催告による除権の手続及び株券再発行の手続を依頼したところ、被告らのミスにより再発行された株券を原告宛に届けることができなかったと主張して、被告銀行に対し、不法行為に基づき、右株券の時価相当額の損害賠償を、被告だいこう証券に対し、債務不履行に基づき、右株券の引渡、並びにこれが不能となった場合の同株券の時価相当額の支払をそれぞれ求める。

被告らは、いずれもその責任を否定する。

一  前提となる事実

1  原告は、本件株券を所有していたが、平成四年四月二二日、これを何者かに窃取された(甲第五号証、原告本人尋問の結果)。

2  そこで原告は、被告銀行を介して被告だいこう証券に公示催告による除権の手続を依頼したところ、本件株券のうち、別紙株券目録(1)の株券については平成五年六月一八日、同目録(2)(3)の株券については同年七月九日、それぞれ除権判決がなされた(争いがない)。

3  ところが、原告の知らないうちに、新株券の発行手続よりも前である同年五月一五日付け及び同月一八日付けで、原告の住所地が肩書住所地(三鷹市)から「東京都渋谷区桜丘一五-八-三〇八」に移転した旨の住所変更届(以下、これを「本件住所変更届」という)が被告銀行に提出されていたため、被告だいこう証券は、名義書換代理人である被告銀行の依頼により、再発行された本件株券をいずれも右の新住所地宛に郵送した。

しかし、真実は原告は右の住所移転をしていなかった。

その結果、原告は、右再発行された本件株券を受け取ることができなかった(以上、乙第九ないし一一号証、原告本人尋問の結果)。

二  本件の争点

(原告の主張)

1 被告銀行の不法行為責任

(1) 被告銀行は、株式に関する商法上の名義書換代理人として、株式を発行する会社より委任を受けて株券の名義書換や再発行の手続をする立場にあるが、この場合、同被告としては、多数の株主に関する右の事務を扱う地位に基づき、株主の同一性について確認したうえ、関係者に対し誤った情報を伝えない等、右手続の安全を確保する義務があるところ、本件においては、以下のとおり右義務を怠った過失がある。

(2) すなわち、原告ではない何者かにより提出された本件住所変更届に押捺された偽造による印鑑と、原告の真正な印鑑とは、肉眼でもこれが異なることが容易に判明するにもかかわらず、同被告は、これを誤り、漠然同一と見たものであって、右は著しい落ち度であり、株主の同一性確認義務を怠ったものである。

その結果、被告銀行は、被告だいこう証券に対し、右の誤った認識に基づき変更された新住所地に本件株券を送るよう指示し、これにより、被告だいこう証券は、被告銀行の指示に従い、みずからは何の確認もすることなく、何者かの住所地に本件株券を郵送し、結局原告にこれを送付することができず、後記の被告だいこう証券の債務不履行に至らしめたものである。

まして、原告が提出した書類の捨印を利用して右住所の変更をするなどは文書偽造であり問題外である。

(3) 以上により、被告銀行の被告だいこう証券に対する右の指示は違法であり、これにつき過失があるというべきであるから、被告銀行は、原告に対し、後記の損害を賠償する責任がある。

2 被告だいこう証券の債務不履行責任

(1) 原告は、被告だいこう証券に対し、原告の代理人として、本件株券の除権判決を受け、被告銀行に対し新株券発行手続の履行を請求し、右新株券の交付を受けてこれを原告に交付する旨の事務手続の委任をし、被告だいこう証券はこれを受任した。

(2) 被告だいこう証券は、右の委任契約に基づき、新株券を原告に交付する義務があり、この場合、同被告は、委任者である原告の同一性をみずからも確認して株券を交付する義務があるのに、本件においては右義務を尽くさなかった。

(3) すなわち、同被告は、注文時より原告の同一性を担保する書面等を保存せず、原告が同被告に届け出た印鑑届等の書類を保存することもなく、また、被告銀行の前記のごとき誤った認識に基づく指示をそのまま鵜呑みにし、しかも原告の捨印を利用して住所を訂正してよい旨の被告銀行の指示に従い、原告ではない何者かの新住所地に本件株券を郵送したものである。

被告だいこう証券は、みずから原告の同一性につき確認したことは全くなく、原告に対し直接電話その他の方法によりその確認をすべきであるのに、これすらしなかったものであって、同被告の義務違反は顕著である。

なお、原告は、本件株券の盗難と同一機会に窃取された他の株券について、本件と同様の手続を訴外日本証券代行株式会社に依頼したが、同会社は、最初の受付票の所持により原告の同一性を確認したため、本件のような事故は発生しなかった。

(4) 以上により、被告だいこう証券は、原告との間の委任契約に基づく債務不履行により、本件株券の引渡義務を負うべきであり、これが不能のときは、この価格相当の損害を賠償する責任がある。

3 損害

本件株券の時価相当額については、別紙「本件株券価格表」記載のとおり、被告銀行に対して本訴を提起した平成五年一一月一一日直前の東京証券取引所における平均取引価格は二〇八万九五〇〇円であり、また、被告だいこう証券に対して本訴を提起した平成六年四月八日の直前の同様の平均取引価格は二〇八万七六六六円である。

4 よって、原告は被告だいこう証券に対し、本件株券の引渡、並びに右引渡が不能のときは、本件株券の前記各平均価格の内金二〇八万円とこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払、被告銀行に対し右と同様の金員の支払をそれぞれ求める。

(被告銀行の主張)

1 被告銀行の法的地位

被告銀行は、委託を受けた他社の名義書換代理人として、株式事務の代行業務をその業務の一つとしている信託銀行である。

そして、株主から株券が盗難等に遭ったとの申し出があれば、被告銀行は、顧客たる株主に対するサービスとして、公示催告・除権判決に関する手続の概要を記載した説明書等を交付し、被告だいこう証券を紹介して、右手続に関する情報を提供するにすぎない。したがって、右の紹介後は、被告銀行は公示催告等に関する処理には直接何ら関与せず、あくまで紹介者の立場にとどまるものである。

2 本件の事実経過

(1) 被告銀行は、平成四年四月二四日、原告から本件株券が盗難に遭った旨の申し出を受け、原告に対し被告だいこう証券を紹介し、前記の情報サービスを提供した。

その後は、原告は被告だいこう証券に依頼して公示催告等の手続を進めたので、被告銀行としては、その間の手続には関与していない。

(2) その後、被告銀行は、被告だいこう証券から前記のとおり相次いで除権判決が出た旨の連絡を受けて、新株券発行の手続をとり、これを発行して被告だいこう証券に交付した。

本件(1)の株券は、平成五年六月一八日の除権判決を受けて同年七月二八日に新株券を引き渡し、本件(2)(3)の株券は、同年七月九日の除権判決を受けて同月二六日に新株券を引き渡した。

(3) その間、原告より、本件(1)の株券について同年五月一七日、本件(2)(3)の株券について同月一九日、それぞれ本件住所変更届が提出された。

(4) ところが、同年六月以後に被告だいこう証券から提出された本件(1)の株券に関する再発行申請書類には原告の旧住所が記載されていたので、被告銀行は被告だいこう証券に対し、原告の住所が変更されている旨を連絡したところ、その後被告だいこう証券から新住所に訂正された書類の提出を受けたので、その新株券を同被告に交付した。

本件(2)(3)の株券については、同年七月一五日、新住所に訂正された株券再発行申請書類が提出されたので、それらの新株券を被告だいこう証券に交付した。

3 被告銀行の責任

(1) 前記1のように、被告銀行はあくまで株式発行会社の委託による業務の一つとして株式発行会社のために株券の再発行を行っているにすぎず、原告との間に直接の関係は存在せず、株券喪失による除権判決等の手続も原告と被告だいこう証券との間に存するだけのものである。

(2) したがって、被告銀行としては、再発行株券を原告の代理人たる被告だいこう証券に交付すれば、被告銀行の株券再発行に関する業務は完結し、その後の処理は原告と被告だいこう証券との間の問題であるにすぎなくなる。

(3) また、被告銀行が被告だいこう証券に対し、原告が主張するような「指示」をした事実は全くない。すなわち、被告銀行が株券再発行事務の処理上必要な手続の一環として、原告の住所変更届の存在を被告だいこう証券に開示した事実はあるものの、右の行為は、何ら具体的な送付方法の指示といえるものではない。

右により、被告銀行に右のごとき指示があったことを前提とし、これが不法行為に当たるとする原告の主張は失当である。

(4) 本件住所変更届に押捺された印影と原告の真正な届出印の印影とは同一のものであり、被告銀行はこれを照合した結果、同一のものと判断したものであるから、これをもとに被告だいこう証券に事実の開示をしたことについて被告銀行には何らの責任もない。

(5) 仮に、右の印影が同一でなかったとしても、その相違の程度は専門家による鑑定に待つほかないくらいに微小なものであり、通常の印鑑照合の範囲をはるかに超えるものであって、仮に被告銀行の担当者が印鑑照合の過程で右の差異を見い出し得なかったとしても、これをもって同被告の印鑑照合義務違反に当たるとは到底いえないレベルのもので、この点においても同被告の過失責任はない。

(6) なお、原告主張の捨印使用の問題は本質的なものではなく、訂正前に住所の変更は被告だいこう証券に告知されており、右捨印の使用は、単に書類上の訂正という形式手続処理上のものにすぎない。

4 因果関係

仮に、被告銀行による住所変更届の存在の開示行為が、結果的に被告だいこう証券による新住所への株券交付という事務処理の事実上の縁由となったとしても、これは必然的に発生する結果ではなく、被告銀行の右開示行為と被告だいこう証券の株券交付との間には、法律上の相当因果関係があったとはいえない。

5 原告の過失

仮に、被告銀行に何らかの責任があるとしても、原告主張のように本件株券が盗難に遭ったうえ、さらに住所変更届も何者かに偽造されたとすれば、原告には印鑑や財産を管理するうえで重大な過失があったといわざるをえず、原告の右責任は、善意の取引関係者である被告銀行の責任に比べはるかに重大であるから、被告銀行は、その過失相殺により、本件については何の賠償責任を負うものではない。

6 原告主張の損害額は争う。

本件口頭弁論終結時に近い平成七年五月二六日の本件株価は、合計一五二万三〇〇〇円にすぎない。

(被告だいこう証券の主張)

1 被告だいこう証券の職務

被告だいこう証券は、株券を窃取され又は紛失した者が、公示催告・除権判決の申立手続を弁護士に依頼して行うことを希望する場合の、右代理人弁護士への依頼の取り次ぎ及びこれに関連する行為、右除権判決を得た者が右株券の名義書換代理人に対して行う新株券再交付請求手続の取り次ぎ、並びに再交付された新株券の株主への送付事務を、その業務の一つとしている会社である。

2 本件の事実経過

(1) 被告だいこう証券は、平成四年五月一日から二五日にかけて、原告から本件株券が窃取されたとして、公示催告申立及び株券再発行の手続依頼のための必要書類の郵送を受け、これに必要な取り次ぎ行為をした。

(2) そして、本件(1)の株券については、平成五年六月一八日に除権判決がなされたので、被告だいこう証券は、同月二一日、名義書換代理人である被告銀行に対し原告のために新株券の交付を請求したところ、同月二五日ころ、被告銀行から、同年五月一五日付けで原告からの本件住所変更届を提出されているので、新株券再交付の手続を進めるためには新住所による請求書等の書類が必要であるとの指示を受けた。

そこで被告だいこう証券は、同年七月一三日、新住所の原告宛に、右の新住所による請求書等の送付方を依頼する文書を発送した。

ところが、原告からの新住所による請求書等が到着する前に、被告銀行から、旧住所の記載のある請求書等には原告の捨印があり、これを利用して原告の旧住所を新住所に変更することとするので、改めて原告から請求書等を提出させる必要はないとの連絡があった。

そこで、被告だいこう証券は、被告銀行からの右の指示に従い、同被告から再交付された新株券を、同年八月九日付けで原告の新住所地宛に郵送した。被告だいこう証券は、同月一二日付けの原告作成の右受領書を受け取った。

(3) 本件(2)(3)の株券については、被告だいこう証券は、同年七月九日の除権判決を受けて同月一三日、被告銀行に対し新株券の再交付を請求し、これについても原告から本件住所変更届が提出されていることを確認し、被告銀行の了解を得て、旧住所の記載のある請求書等に押捺されている捨印を利用して新住所に訂正したうえで、これを被告銀行に送付した。

その結果、被告銀行から同月二六日、右各新株券が送付されたので、被告だいこう証券は、これを原告の新住所地宛に郵送し、原告から同年八月二日付けの受領書を受け取った。

3 被告だいこう証券の責任

(1) 右2の事実経過により、被告だいこう証券は、原告に対する新株券の交付する事務を履行する債務を全て履行済みである。

(2) 株主の住所変更届が真実の株主によってなされたものであるか否かの確認は、名義書換代理人たる被告銀行がこれを行うべき専管事項であって、被告だいこう証券に右の確認を行う義務も必要性もない。

本件においても原告の本件住所変更届は、被告だいこう証券を経由せず直接被告銀行に提出されており、被告だいこう証券としては、これが真実のものであるかを確認する手段すら有せず、その義務も必要もない。

原告主張のように、被告だいこう証券がみずから株主の同一性につき確認すべき理由もないし、被告銀行における右同一性の判定を疑い、さらに独自の確認を行わなければならない特段の事情は存在しない。

また、原告は、受付票による株主の同一性の確認を論じるが、受付票が用意された場合でもその紛失や盗難等による事故の発生は起こり得るし、訴外日本証券代行株式会社で今回事故が発生しなかったのは、本件のような住所変更届が提出されていなかったからであって、受付票の発行の有無とは関係がない。

(3) 以上のとおり、被告だいこう証券は、新株券再交付を請求した者と、住所変更届を提出した者との同一性については、株主名簿を管理する被告銀行の判断を正当と認め、これに依拠して新株券を新住所に送付したものであり、右の過程には何らの過誤もない。

4 原告の過失

本件は、原告の印鑑による住所変更届が被告銀行に提出されたことにより発生したものであり、仮にこれが原告の意思によらずになされたとすれば、その責任はすべて原告による印鑑の管理不十分に基づくものである。

5 原告主張の損害額は争う。

本件口頭弁論終結時に近い平成七年五月二九日の本件株価(東京証券取引所の終値)は、一五〇万一〇〇〇円にすぎない。

第三争点に対する判断

一  本件の中心的争点は、原告の知らないうちになされた本件住所変更届に関する原告の届印の照合をした被告銀行に過失がなかったか否か、また、被告銀行による右の印鑑照合に基づき、被告だいこう証券が原告の新住所地宛に本件株券を郵送したことに同被告の過失が認められるか否かである。

1  そこで、まず、本件株券が原告の新住所地宛に郵送されるに至った経緯につき判断するに、前記争いのない事実に、甲第一、第二号証、第三号証の一ないし四、第四ないし六号証、乙第一ないし一九号証、丙第一、第二号証、第三、第四号証の各一、二、第五ないし七号証、第八号証の一ないし三、第九ないし一一号証、証人広沢宏治、同鈴木巌の各証言、並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

なお、原告は、右乙第一二ないし一四号証(株主印鑑票)の成立を否認するが、原告本人尋問の結果によれば、右各号証中の氏名欄は原告の自署によるものであり、かつ、印影も原告の印鑑によるものであることが認められるから、原告の右の認否は誤解に基づくものと認められる。

また、原告は、右乙第九ないし一一号証、丙第八号証の一ないし三、第九ないし一一号証の成立をいずれも否認するところ、右否認の趣旨はこれらが原告の意思によらずに作成された偽造文書であるというものであるから、右各証は、いわゆる検証物として、いずれもこれを以下の認定に供することとする。

(1) 被告銀行は、同被告主張のとおり、委託を受けた他社の名義書換代理人として、株式事務の代行業務をその業務の一つとしている信託銀行であるが、株主から当該株券が盗難に遭ったとの申し出があれば、顧客へのサービスとして、公示催告・除権判決等に関する手続に関する案内書等を交付し、被告だいこう証券等、右の手続を遂行する会社を紹介する立場にあるにすぎない。

また、被告だいこう証券は、同被告主張のとおりの公示催告・除権判決手続に関する取り次ぎ等、並びに新株券の再交付請求手続の取り次ぎ及び新株券の株主への送付事務をその業務の一つとしている会社であり、除権判決後再発行された新株券の受領及びその送付は、株主の代理人としてこれを行うものである。

(2) 原告は、平成四年四月二二日、その所有の本件株券を含む多数の株券、現金、通帳等が盗難に遭い、本件株券について直ちに被告銀行にこれが盗難に遭った旨の連絡をし、その後の手続について弁護士の紹介を希望したので、被告銀行は、原告に対し被告だいこう証券を紹介し、事後の手続を同被告に依頼するよう伝え、同被告に対して必要書類を交付した。

(3) これを受けた被告だいこう証券は、本件株券について公示催告の手続の取り次ぎをし、右手続が進められた結果、平成五年六月一八日、本件(1)の株券について、次いで同年七月九日、本件(2)(3)の株券についてそれぞれ除権判決がなされた。

(4) そこで、被告だいこう証券は、まず本件(1)の株券について、右除権判決後直ちに、被告銀行に対し原告のために新株券の交付を請求したところ、被告銀行から、同年五月一五日付けで原告から本件住所変更届が提出されているので、新株券交付手続を進めるためには新住所による請求書等の書類が必要である旨の指示を受けた。

被告だいこう証券は、被告銀行の右指示を受けて、同年七月一三日、変更された原告の新住所地宛に、右の新住所による新株券発行に関する請求書等の送付方を依頼する書面を送付した。

しかし、その後、被告だいこう証券は、被告銀行から、原告の旧住所の記載のある請求書等には原告の捨印があり、これを利用すれば改めて原告から請求書等を提出させる必要はない旨の連絡を受け、同年七月末に本件(1)の新株券の交付を受けたので、同年八月九日、原告の新住所地宛に右株券を郵送した。

右株券については、当月一二日付けで原告名義の同株券受領書が送付された。

なお、被告だいこう証券が依頼した新住所による原告名義の請求書等の書類は同年七月末には同被告に送付されたので、被告銀行の依頼により、同年九月中旬被告銀行に返送した。

(5) 次いで、本件(2)(3)の株券については、被告だいこう証券は、前記の除権判決を受けて、直ちに被告銀行に新株券の交付を請求し、本件(1)の株券についての右(4)のような経緯があることから、被告銀行に対し、右株券についても原告から同年五月一八日付けで本件住所変更届が提出されていることを確認したうえ、被告銀行の了解を得て、被告だいこう証券が原告の捨印を利用して旧住所を訂正して新株券の交付を請求した。

その結果、被告銀行から本件(2)(3)の新株券が交付されたので、被告だいこう証券は、同年七月二八日、原告の新住所地宛に右株券を郵送した。

右株券については、同年八月二日付で原告名義の同株券受領書が送付された。

(6) 右(4)(5)にかかる原告名義の本件住所変更届については、被告銀行が株主名簿に登録されている原告の印鑑と、右住所変更届に押捺されている印鑑の各印影を照合し、右二つの印影は被告銀行において同一のものであると判断され、右の住所変更届が受理された。

右のような住所変更届の手続に際しては、被告銀行は印鑑照合のみによってその同一性を認定し、当該株主の氏名の筆跡等は参考にせず、また、当該株主に直接電話連絡するような事務手続もとっていないのが同被告の通常の扱いであった。

また、被告だいこう証券としては、同被告には株主名簿に登録された印鑑票が存在しないので、被告銀行が行うような印鑑照合をすることはできず、当該株主の住所変更手続はすべて被告銀行の業務として任せ、みずから当該株主にその旨の確認をすることはないのが同被告の通常の扱いであった。

(7) 他方、原告は、本件住所変更届を提出したことはなく、新住所に移転したこともなかったため、前記のとおり右新住所地に郵送された本件株券を受領することができなかった。

以上の事実を認めることができ、他に反証はない。

2  そこで、まず被告銀行の責任につき判断するに、本件株券が原告に交付されなかった以上の認定のとおりの事実経過、並びに被告銀行の前認定のとおりの業務内容からすれば、本件における同被告の過失の有無については、原告名義でなされた本件住所変更届に関する印鑑照合の適否を判断すれば足りると認められるところ、株主名簿に登録された原告の印影(前記乙第一二ないし一四号証)及び原告が真正なものとして主張する甲第一号証の印影と、原告が偽造されたと主張する本件住所変更届に押捺された印影(前記乙第九ないし一一号証、なお、同じく原告が偽造されたと主張する前記丙第八号証の一ないし三及び丙第九ないし一一号証も同様である。)とは、注意深く観察しても、全く同一のものか、あるいはほとんど同一のものであるとしか認められず、原告主張のように肉眼でもこれらが異なることが容易に判明するものとは認められない。

そうすると、本件住所変更届に押捺された印影が原告の届印の印影と同一のものであると判断した被告銀行の前記印鑑照合には、原告主張のような過失を認めることはできないというべきであるから、右の点に過失があることを前提とする原告の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことに帰する。

なお、原告は、被告銀行が原告の捨印を利用して住所変更を認めたことを問題にするが、前認定の経過により、印鑑照合をした結果本件住所変更届を正規のものとして受理した被告銀行が、その後の新株券発行の手続に関する請求書等を徴求する手段として原告の捨印を利用したにすぎないから、同被告の右行為が特段問題となるとはいえず、したがって原告の右主張も採用することができない。

3  次に、被告だいこう証券の責任につき判断するに、原告と同被告間に原告主張の株券発行に関する委任契約が成立したことは認められるものの、前認定の事実経過からすれば、右の委任契約は、あくまで株券喪失後の新株券の交付手続に関するものであって、当該株主の住所変更手続に関する事務の委任まで包含するものとは認められず、したがって、原告主張のように被告銀行による印鑑照合とは別に、被告だいこう証券みずからが右の住所変更届の真実性を確認する義務まで負っているものとはいえないばかりか、同被告における前認定のような事務手続からして、本件において同被告が被告銀行により受理された本件住所変更届を正当なものとして事後の株券発行の手続をした行為に何ら過失は認められないから、以上を前提とする原告の主張もいずれも採用することができない。

なお、被告だいこう証券が本件(2)(3)の株券の再発行手続に関し、原告の捨印を利用したことも前認定のとおりであるが、これが特段問題とならないことも前記判断と同様である。

二  以上によれば、原告の被告両名に対する請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないことに帰する。

よって、原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大和陽一郎)

〈以下省略〉

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